東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)225号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によれば、射出成形により形成され、それに柱状(中実)の脚部を備えた二枚の成形板体を組み合わせて両板体間の四方にフオーク挿入空間を形成した主として荷役用に使用する従来の熱可塑性合成樹脂製パレツトでは、射出成形に伴う成形時の熱収縮に起因する変形等により生ずる欠点及び脚部の柱状化に伴うパレツト全体の重量化、脚部相互の圧着作業の長時間化等により生ずる欠点がみられたので、本願考案はこれらを是正することを目的として、前記本願考案の要旨に係る構成を採択したもので、熱可塑性樹脂を圧縮成形し、筒状(中空状)の脚部を備えた成形板体による熱可塑性合成樹脂製パレツトの考案である。
二 取消事由に対する判断
1 取消事由(1)について
成立に争いのない甲第五号証(特公昭五三―一八七七六号公報)によれば、審決の周知例には、<1>「……フオークリフト用パレツトはフオーク差込口を有する中空体であるため、熱可塑性素材を用い、たとえば射出成型により一工程で成型するにはスライドコアーを備えた金型を必要とするが、パレツトは寸法が大きいため、通常の成形機を用いて一工程で射出成型することは極めて困難である。更に、圧縮成型や押出成型等の手段によつても、前述のようなフオークリフト用パレツトの構造のために、木材や金属製のパレツトに匹敵する曲げ強度のプラスチツク製パレツトを得ることは困難である。」との記載(二欄九行ないし二〇行)及び<2>「本発明は通常の各種成型によつて低コストで容易に成型することができ、かつ優れた強度を有する……熱可塑性樹脂製のフオークリフト用パレツト、及びその製造法を提供するものである。すなわち、本発明は、熱可塑性合成樹脂を素材とするフオークリフト用パレツトであつて、デツキボードの両側端縁部の間のデツキボード面上とに、相互に平行な桁複数がデツキボードと一体に構成されており、かつ該デツキボード面には、該桁よりも高さか低い多数の凸条がデツキボードと一体に構成されてなる二つの熱可塑性合成樹脂製のパレツト成型用部材を、それぞれの部材の桁の底面において相互に溶着してなるフオークリフト用パレツトに係る。」(二欄二四行ないし三七行)、「本発明パレツトの製造用素材としては、すべての熱可塑性樹脂が使用される。」(三欄一行ないし二行)、「本発明のパレツトを製造するには、前述の熱可塑性素材を用いてまず第2図(別紙図面(三))の及びで示されるパレツト成型用部材をそれぞれ別個に成型する。成型は通常の金型を使用することにより容易かつ低コストで実施することができる。もちろん射出成型法のような高能率の成型法を採用することもできる。」(三欄二一行ないし二七行)との記載があることが認められる。右<1>の記載にいう「フオークリフト用パレツト」とは、前掲甲第五号証の二欄二行ないし五行に記載された「二枚のデツキボードのそれぞれの両側端縁部及びそれらの中間部を互に平行な桁材をもつて接合した構造」のものを指すと解せられるから、<1>の記載は、従来技術に関するもので、右のような一体化されたフオークリフト用パレツトを製造するに当たり、通常の成形機を用いる一工程の射出成形によることはパレツトの寸法上困難であり、また、圧縮成形又は押出成形によるも必要な曲げ強度を付与することが困難であることを示しているものということができる。これに対し、<2>の記載は、周知例記載の発明に関するもので、その面上に複数の平行な桁が一体に構成された熱可塑性合成樹脂製のデツキボード(成形板体)二枚を「通常の各種成型」方法により「通常の金型」を使用して、別個に成形し、しかる後それぞれの桁の底面を溶着することにより、曲げ強度の優れた熱可塑性樹脂製フオークリフト用パレツトを製造することができることを示しているものということができる。そして、右にいう「通常の各種成型」方法には、圧縮成形の方法も含まれるものであることは、前掲甲第五号証の記載に照らし明らかであるから、周知例には、熱可塑性合成樹脂製パレツトにおいて、複数の桁(脚部)を備えた二枚の成形板体を圧縮成形の方法により成形することが開示されているものと認めることができる。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。
そして右周知例は本願考案の出願日前に頒布された刊行物であることは明らかであるから合成樹脂製パレツトの成形手段の一つとして「圧縮成形」が本願考案出願前周知であつたものと認めることができ、この点に関する審決の認定に誤りはない。
2 取消事由(2)について
前掲甲第二号証によれば、本願考案の明細書中には「成形板体の両板間の隅角部四箇所及び各辺中間部と、これら周縁部に取囲まれた中心部とに中空ボツクス構造を夫々有するので、パレツトの剛性を、前後方向、左右方向及び対角線方向において均一に向上させることができる」との記載の存すること(九頁一一行ないし一六行)が認められる。ところで、同記載にいう「パレツトの剛性」とは、右記載自体からみて、パレツト全体の剛性を指しているものと解されるところ、右記載は、個々の脚部が中空ボツクス構造なるが故にパレツト全体の剛性をもたらすとの趣旨ではなく、脚部を前記のような九箇所の位置に配置して成形板体と一体化することによつて、パレツトの各部の有する剛性を前後、左右及び対角線の三方向にそれぞれ均一なものとする結果、パレツト全体の剛性を均一に向上させる効果を奏することができるとの趣旨に解すべきである。
一方、引用例(一)記載の考案は天板3(本願考案の成形板体に相当)の下面の両側に側脚4及び下面内部に中央脚5を設けたものであることは前記のとおりであるところ、成立に争いのない甲第三号証によれば、右側脚4は適数設けることが同考案の詳細な説明の項に記載され(二欄二七、二八行)、さらにその実施例として、天板3の下面の両側に側脚4を各四箇所、中央脚5を天板3の下面内部に均等位置に一二箇所(合計二〇箇所)設けたものが記載されている(第4図)ことが認められる。右引用例(一)記載の考案の実施例における脚部の配置構成と本願考案における脚部の配置構成について比較すると、前記のように、両考案は、パレツト成形板状本体の四隅角部と各辺中間部及び板状本体の中央部に脚部を設けた点において構成上共通していることについては当事者間に争いがないから、両者とも成形板体の全体に均等に配置されている点で格別構成上の差異はないうえ、引用例(一)記載の考案の実施例の場合のほうが成形板体に対する脚部の接触面の数が多いことが認められ、引用例(一)記載の考案の実施例におけるパレツトも、右のような脚部の均等配置の故に本願考案におけるパレツト全体の剛性と同等またはそれ以上に強い前後、左右及び対角線の三方向に均一な剛性を有するものであると認めるのが相当であるから、本願考案と引用例(一)記載の考案との間に、パレツト全体の剛性についての格別な効果上の差異をみいだすことはできない。
なお、原告は「引用例(一)記載の考案におけるパレツトは、対荷重性の向上を目的としたものであり、曲げ剛性の向上を図るものではない」旨主張するが、引用例(一)記載の考案におけるパレツトの脚部の成形板体に対する配置構成が前記のようなものであれば、引用例(一)の明細書中に曲げ剛性に関する特段の記載がなくとも、パレツト全体の剛性の作用効果、即ち、パレツトの前後、左右及び対角線の三方向の均一な曲げ剛性が当然に期待されるものであることは当業者にとつて明らかなことであるといい得るので、原告の右主張は採用できない。
また、原告は脚部を中空ボツクス構造とすることによるパレツト全体の軽量化を主張するが、軽量化のため柱状のものを筒状(中空状)とすること自体に着想の困難性はなく、要は、耐荷重性との関係で定められる設計的事項にすぎず、成立に争いのない甲第四号証(引用例(二))にも、脚部を「中空状」としたパレツトが周知の形態として示されているところであるうえ、およそ積載される荷物の荷重に耐え得る必要断面積は脚部の断面形状によつて異なるものではなく、脚部の形状が中空ボツクス構造であるからといつて脚部の必要断面積が小さくても良いことにはならないものと解されるところ、パレツトの脚部の必要断面積が同じである以上は脚部の形状を中空ボツクス構造とすることによつてパレツト全体の軽量化を図り得ないことは明白であるから、原告の右主張も理由がない。
さらに、原告は引用例(一)記載の考案における脚部はボルト、ナツトの締め付けに耐えられる柱状でなければならないからパレツト全体の重量化は避けられない旨主張するが、この種パレツトにおいて脚部の合着手段として、ボルト、ナツトの締め付け接合に代えて、溶着(融合着)をメインの手段として採用することが本願考案出願前周知であることについては原告も争わないところ、脚部を溶着(融合着)により接合することによつて右重量化の問題は簡単に回避し得るものであるから、この点に関する原告の主張も採用できない。
以上、本願考案の脚部が中空ボツクス構造であることによつて格別の作用効果を生ずることを前提とする原告の主張は失当であり、本願考案において板体の脚部を筒状にすることは当業者がきわめて容易になし得るとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由(3)について
引用例(一)のものにおいても本願考案と同様に良い剛性が得られることは前項に記載のとおりであつて、この点に関する審決の判断に誤りはない。
次に、パレツトの寸法精度の点についてみるに、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、寸法精度の良くなる理由として、「成形板体を圧縮成形により成形するので、収縮変形が非常に少く、ソリ、ヨジレがほとんど生じず、寸法精度が良くなると同時に内部歪も少くなる。」と記載されていること(八頁五行ないし八行)が認められる。右記載によれば、本願考案のパレツトの寸法精度は、パレツトを圧縮成形によつて成形するが故に達成される効果であると解されるところ、前記のとおり、一般にパレツトを圧縮成形によつて成形することは本願考案出願前に周知であると認められるのであるから、引用例(一)記載の考案におけるパレツトを、射出成形に代え、圧縮成形によつて成形することは当業者が必要に応じて適宜なし得ることであり、高い寸法精度は、圧縮成形採択に伴い当然生ずる効果にすぎないものというべきである。
なお、原告は「合成樹脂成形技術上の常識として、寸法精度の良い成形品を得る条件の一つに成形品の肉厚が全体的に均等化したものが良いとされているが、引用例(一)記載の考案におけるパレツトは、天板の部分と柱状の部分の肉厚の差が大きいから、良質品、高精度の成形品が得られない。」旨主張するが、寸法精度の良い成形品を得る条件の一つとして成形品の肉厚を全体的に均等化させることが合成樹脂成形技術上の常識であれば、引用例(一)記載の考案におけるパレツトを圧縮形成するにあたつて成形品の肉厚を全体的に均等化するよう配慮して成形することは各部分の強度等の諸条件を考慮して当業者が必要に応じて適宜なし得る設計事項にすぎないといえるから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は「脚部を板部の肉厚と変わらない肉厚の筒状にすることによつて冷却速度差のない寸法精度の良い成形品が得られる。」旨主張するが、本願考案の要旨からは「成形板体と筒状脚部の肉厚を同じくする」との限定された構成は認められないから、この限定された構成に基づく作用効果は本願考案の要旨に基づいた作用効果と解することはできず、この点に関する原告の主張は失当であるといわざるを得ない。
よつて、引用例(一)記載の考案におけるパレツトも本願考案におけるパレツトと同様の良い剛性と寸法精度が得られるとした審決の判断に誤りは認められない。
三 以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がないから原告の請求は失当として棄却することとする。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
板状本体の隅角部四箇所及び各辺中間部に突設された周縁脚部と、これら周縁脚部に取囲まれた中心脚部とを備えた二枚の成形板体が夫々熱可塑性樹脂を圧縮成形して得られたものであり、周縁脚部及び中心脚部か先端側が開口する筒状に形成され、且つ二枚の成形板体は周縁脚部及び中心脚部の夫々の先端部において直接融合着されているか、又は熱可塑性樹脂製の筒状結合部材を介して融合着され、両板間の隅角部四箇所及び各辺中間部と、これら周縁部に取囲まれた中心部とに中空ボツクス構造を有していることを特徴とする熱可塑性合成樹脂製パレツト(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面 (一)
<省略>
<省略>
別紙図面 (二)
<省略>
(他は省略)